『HELLO WORLD』感想


映画『HELLO WORLD(ハロー・ワールド)』予告【2019年9月20日(金)公開】

 

 

 アニメが記号化の表現様式であるということについて異論はなかろう。とりわけデフォルメと様式美を大事にしてきたジャパニメーションにあっては。従って、日本のアニメを肯定するためには、記号の消費を何かしらの形で肯定するような戦略をとる必要がある――と、ひとまず言うことができる。

 その点で『HELLO WORLD』はまさに記号との戯れを生きる映画だ。だいたい「新世代のアニメーション」とか名乗るわりに、そのキャラクター表現は全部クリシェのパッチワークである。主人公は絵に描いたような文学青年でヒロインは絵に描いたような文学少女。彼らの来歴や人格形成にまつわる掘り下げなどはほぼ全部省略される。京大の先生が見た目からしておかしなおっさんだったり、アイドル的な立ち位置の赤髪少女はキラキラオーラが御丁寧に視覚化されていたり。とにかくこの作品は、人物描写と呼ばれる回りくどい手法を避け、すべてをこの種の記号化で処理していくのだ。3DCGの、精緻ではあるが些かぎこちない描画も、この映画のデジタル感、ゲームっぽさを助長させるだろう。

 実際、この映画の世界はデジタルに捏造された世界なのである。実は主人公の直実くんの住んでいる世界は「京都クロニクル」プロジェクト――昔の京都の街並を、無限の記憶容量を駆使して現実世界と変わらない精度で記録するシステムらしい――によって作られた過去のデータの塊であることが、早々に判明する。この設定がなかなか興味深い。「京都」というのは観光業界や広告産業によって徹底して記号化され流通しているイメージであって、仮想現実技術で丸ごと再現しちまおう、というのはいかにも「ありそう」な話である。「京都」とはローカルであると同時にグローバルな、超俗的であると同時に通俗的な、アナログであると同時にデジタルな、要は両義的な場所なのだ。

 非-歴史的に生み出された歴史的都市――だから、本作に現れる「京都」に、風土の匂いやら歴史の厚みやらはぜんぜんない。単に文学系少年少女のゲームみたいな恋愛を彩る記号として現れ、やがてゲームみたいに壊されるだけである。

 

 本作の序盤の主筋を成すのは、むろん恋愛である。ただこれにしても、10年後からやってきたナオミは、もちろん恋愛に至る経緯を全部知っているわけで、直実はその通りに行動しさえすればつつがなく彼女をゲットできてしまう。攻略本を片手にギャルゲーやるようなものだ。

 人やモノや出来事の個別唯一性がほとんど意味をなさないということは、本作の作品世界の特徴と言える。グッドデザインなる万能手袋(?)によって改変されていく世界が象徴するように、この映画にはおおよそデジタルに操作可能なものしか出てこない。いやいや中盤以降を観ろ、直実=ナオミは自らの感情と意志で運命に挑み、唯一的なるもの=一行さんを救おうとするじゃないか、と言う人がいるかも知れない。ただ、それすら仕組まれたものだったことを暴露するのが、あの最後の最後の大技である。だから、あの最後の数カットにしか「人間」は出てこない、とも言える。これについては後述。

 後半は、直実くんのトンデモアクションとぐちゃぐちゃに破壊されていく京都のシークエンスで構成される。暴力的な本能にガンガン訴えてくる映像で痛快だが、これもまたゲーム的だ。そしてすべてが滅茶苦茶に破綻した果て、彼らは新しい世界に辿り着く。雨上がりの夜明け前、空虚な静けさに沈む街を見つめる二人の姿は、それまでの騒然たる破壊と見事な対照を成しており、結構グッとくる。ここに至ってようやく解禁されるキスシーンも、あえて直接は見せず、水面の反映を使って表現するなど、この映画らしからぬ(?)繊細さを宿して印象的で、またアダムとイヴにまつわる神話的なイメージをも連想させる。ああ本当に彼らは新世界に行ったのだと映像的に納得させられる、ここは普通に映画として巧いと感じたポイント。

 これで終わりでも俺としてはぜんぜん良かったのだけれど、この映画はあえて件のラストシーンを入れることで、物語的にも主題的にも、それまでのすべてを覆してみせる。「ラスト1秒でひっくり返る」というのは流石に誇大広告で、正確には「ラスト数十秒」と言うべきだろうが、まあ「ひっくり返る」ことは間違いない。ではここで物語があらわにする真実の姿と、はいったいどんなものなのか? 詳述はしないけれど、要するにこの映画は、無数の記号たちとの戯れと愛と破壊を経て、自己の回復に至る「人間」の物語だったのだ。よくあるセカイ系のやつでしょ、とスルーするにはあまりにもったいない、2019年日本映画界のひとつの収穫である。

 

HELLO WORLD

HELLO WORLD

  • 発売日: 2020/03/08
  • メディア: Prime Video