21歳童貞が読む恋愛小説

 

 実家で寝転がって『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』なる漫画を読んでいたら母親に岩の裏に沢山くっついてる気持ち悪い虫を見るような目で見られたニート予備軍の僕ですが、冷静に考えてみれば確かにこんなタイトルの漫画を21歳童貞が読んでる光景が相当グロテスクなのは否定できません。でもいいじゃん。昔から『ローマの休日』とか好きだったし、『君の名は。』とか『ラ・ラ・ランド』でうるっとくるような人間なんです。

 というわけで(?)、今回は童貞なりに読んできた恋愛小説の感想でも書き留めておこうと思います。とはいえシェイクスピアだのスタンダールだの挙げても古典の価値を再確認するばかりであんまり面白くない気がするので、現代日本文学、存命作家かつ一定以上の知名度を持つ小説に限定して書棚から適当に選出。なお順不同です。

 

1.『ノルウェイの森村上春樹

 言わずと知れた国民作家の出世作学生運動さかんな60年代の大学という背景のもと、主人公の「僕」(ワタナベ)と心を病んだヒロイン直子、大学で出会った活発系少女緑の三人の関係を中心に、過ぎゆく青春がリリックに描かれます。日本で一番売れた小説のひとつであり、多少なりとも本を読む人なら誰でも一度は手に取ったことがある作品でしょう。

 とはいえ、本作が村上春樹の小説の中で高い地位を占める作品かと言われれば、些か疑問もあります。小説的完成度においては『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に、文学的挑戦としては『ねじまき鳥クロニクル』に劣ると感じる方は多いのではないでしょうか。珍しくリアリズムの文法で書いたと作者自身は語っていますが、例えば「僕」が直子の療養所に向かう場面は、異界に足を踏み入れるような、何処かこの世ならざる雰囲気を宿しており、このへんは後の『海辺のカフカ』で出てくる森の奥の世界などにも通ずるイメージだと思います。

 僕がこの作品を未だに愛しているのは、ひとえに最終パラグラフのシンボリックな見事さ故です。「どこでもない場所」から緑を呼び続ける「僕」。彼はまさに生(緑)と死(直子)のあわいにいるんですね。と同時に、読者は冒頭の「その恋はひどくややこしい場所に僕を運びこんでいった」という一文との見事な照応を見出さざるを得ません。本当に素晴らしい。終りよければ全てよし。傑作。

 

2.『私の男』桜庭一樹

  孤児の腐野花とその養父、淳悟との性愛と別れを描く。直木賞受賞作。父娘の近親相姦という主題は、やはり本人も影響を受けたと語る倉橋由美子『聖少女』に負うところが大きいのでしょうか。

 この小説は、花が別の男性と結婚するという結末から、その出会いへと遡っていく奇抜な構成によって成功を収めています。時を遡るにつれて、舞台も退廃的で世俗的な東京から、氷に閉ざされた「北」へと移り変わり、禁断の関係を不気味に演出します。

 淳悟のあの薄気味悪さと隣り合わせの危険な魅力は同性の僕でもちょっと惚れ惚れしてしまうところがあります。冒頭の赤い傘の描写からして良い。花の恋敵・小町さんなんかも僕は好きですね。この小説の美しさと醜悪さを象徴するような人物。あんなずさんな犯罪がずっと発覚しなかったってのは無理がある気もしたけどまあいいや。

 べとついた性愛自体は読み慣れてるつもりですが、でも流石に「お父さぁん」「おかあさぁん」「はぁい」みたいなやり取りが延々続くあたりはちょっときつかったです。まあこのきつさまで含めて魅力なのですが。

 

3.『ナチュラル・ウーマン』 松浦理英子

  天才・松浦理英子の恐らくは代表作。漫画家の蓉子と彼女を取り巻く三人の女性をめぐる恋愛物語。

 同性愛、嗜虐と被虐とのよじれた関係を扱いつつ、一切の贅肉のない冷たく引き締まった(解説の多和田葉子氏曰く肉体美を思わせる)文体が、女たちの愛と挫折を描いていきます。僕が惹かれるのはこの文体の知的な強靱さとでも呼ぶべきものなんですね。そこには観念的な思弁や世間様が私たちをどう思うかとかいったなよなよした思念はなく、みずからの性を主体的に希求していく真摯さだけがあります。「マイノリティ文学」とかいうレッテルを貼って通過することは許されない必読の傑作。

 個人的には夕記子が掃除機の尖ったパーツ(?)で容子の肛門を突っつく場面が妙に印象に残っています。そんなプレイがあるのか……

 

4.『君の膵臓をたべたい』住野よる

 「小説家になろう」出身の作品。類型発行部数200万部を誇り、二度に渡り映画化された大人気作。余命僅かの快活少女・山内桜良と陰キャの「僕」との交流を描きます。

 一見してセカチューとか『恋空』みたいな10年ぐらい前に流行った「純愛ブーム」に連なる作品に思えますが、本作はあの手の「純愛」が陥りがちだった湿っぽい感傷主義や恋愛賛美をあえて遠ざけ、からりと爽やかに、ユーモラスな雰囲気に仕上げた点で強い魅力を掲げています。

 とりわけ桜良と彼女の親友・恭子との関係が美しく、その恭子と「僕」との和解によって物語が幕を下ろすというのも良い。何というか、「感動」「泣ける」というよりも、彼らを応援したくなるような優しい微笑ましさがあるんですね。評論家みたいな人たちはこういうの嫌いそうだけど、僕は好きです。

  ……でもクライマックスの「うわあああああああああああ」みたいな泣き方は流石に頂けないと思った。

 

5.『マチネの終わりに』平野啓一郎

 スランプ中の天才ギタリスト蒔野(38)とテロに遭遇しPTSDを発症する通信社記者洋子(40)との大人の恋愛を、震災や難民など現代的なテーマをまじえつつ描く。作者の平野啓一郎氏も大変なインテリの方で、その佇まい通りこの作品もまた非常に教養的な雰囲気を身に纏っています。

 ……なんですが、正直言ってこれはあんまり面白くなかったです。

 というのも、ヒロインの洋子がちっとも魅力的に見えないんですよね。オックスフォードを出てコロンビアの大学院を出て5カ国語を話すエリートってのはまあいいんですが、そのわりには恋敵のあんなテキトーななりすましメールにあっさり引っかかって、本人に確認もしないで「あなたとは続けられない」とか言い出したり。

 しかもこの人物を持ち上げるために見え透いた小説的作為があれこれなされるのも辟易。リチャードやヘレンも殆ど洋子の清廉潔白さを際立たせるためだけに出てくるような人物だし、また恋敵の早苗も、前述の見え見え偽装メールを送りつけたり洋子のチケット購入を妨害したり、ありえない奇行を繰り返します。

 でもこの小説の主眼は、何と言っても40代という年齢がもたらす不安にあるのであって、僕みたいなガキが読むのはそもそもお門違いなのかもしれません。中高年にさしかかって、ある種の破滅的な衝動を感じつつある『ヴェニスに死す』症候群(らしい)のみなさんは是非是非。